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椿山荘で会食

5月某日、一年半ぶりにY子女史とお会いした。
うれしい事に宿泊ホテルの椿山荘内レストランへのご招待。
ここは昔から私の憧れの場所、お泊りしたいホテルリストの中に
常に上位にランクアップされています。
(だがまだ泊まったことはない・・)

ホテル椿山荘東京


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椿山荘をそう言っていいのかどうかわからないけど
クラシックホテルは大好き。
もともとの土地柄、歴史もゆかしく
何といっても都心とは思えない緑深き庭園がすばらしい。
ちょっとした森と言っても良いかと思う。


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むか~し一度だけ蛍のイベントのなんちゃらで来たことがあります。
ここのお庭では初夏の風物詩、ゲンジボタルがお庭を舞う姿を見る事が出来る。
ナマ蛍を東京都心で観る、なんという贅沢か。

せっかくだから待ち合わせより少し早く行って
椿山荘自慢のお庭を散策。


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椿山荘はもともとは明治11年に山縣有朋が私財を投じて邸宅を構えた場所であり
当時は「つばきやま」と呼ばれていたことからその名に由来して「椿山荘」と
名付けられたらしい。
約二万坪の土地の起伏を生かした名園。
山縣翁亡きあとは藤田男爵が買い取り、藤田観光がホテル経営をしていたのだが
一時期は世界に名だたるフォーシーズンズ(本部はカナダ)と提携、
しかしいろいろあって椿山荘の方から契約をお断りしたそうです。
やるな、椿山荘。
余りに簡単な略歴であるがホテル内部はもちろんリニューアルもされているし
昔から結婚式をやるのに人気の素敵ホテルの一つかと思います。
私も生まれ変わったらぜひ・・
(希望ホテルが多すぎて一体何度結婚したらいいものやら)


歴史的建造物、三重の塔。
もともとは広島県の竹林に放置されていたものを
大正14年に藤田氏が買い取り、移築、修理したとの事。
建築様式から室町末期から江戸時代初期のものと推定されています。


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何てことなくお庭に置かれた石仏も多い。

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この後はいよいよY子女史とお会いしてのお食事。
日本料理みゆき、鉄板カウンターにて。

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ゴージャス。
久しぶりに薄切りではない肉を食べた、ウシ~、ウマ~♪
お話も相変わらず面白くて、
ガッツいた上にまたもやぐびぐび飲んでしまって、
女史、ほんとに申し訳ございません!! (-_-;)

楽しい一夜に感謝。
元気にいればまだまだいい事がたくさんあるかも。
違う意味で  ガッツ!


女史は椿山荘への投宿は30回目だそうで、他のことも含め
あまりのスケールの違いに羨ましさを通り過ぎているので
むしろ普通に(?)お付き合い出来るのかも??






# by okira935 | 2019-05-08 19:19 | 旅のいろいろ | Comments(2)

昭和レトロなラーメン

ちょっとワケあって荻窪まで。
実は〇〇年もの昔、
私は学生時代をここで過ごしたのでちょっと懐かしい。
と言っても駅前は様変わりでまったくワケわかめ。

でも、まだやっているんだ~、このお店!!
昭和24年創業、荻窪ラーメンの超老舗。

春木屋 荻窪本店


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↓こちら普通のラーメン。
ラーメンというより中華そばと言った方が正しいかも。
トッピングに煮卵を追加すればビジュアル完ぺき、
しかしこの日はもうお昼を食べた後だったので・・

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↓こちらは人気ナンバー1のわんたん麺。
たしかにとろけるようなワンタンが美味!
チャーシューとメンマも私好みです。

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スープは久しぶりのしょう油味だったせいか
最初は煮干しの風味が、ん?と思ったけど
食べているうちにだんだん優しい味になってきた。
この頃はラーメンが進化しているせいか
美味しいラーメンはたくさんあると思うけど
(もっとも外でラーメンて滅多に食べないのでえらそうに言えないが)
シンプルながら奥深い感じがした。
14時近くだったけど並ぶ人が5~6人、絶え間なし。

そういえば子どもの頃、
中華そばの出前なんてうれしくてしょうがなかった。
昔はすごいご馳走だったっけ♫

昭和は遠くなりにけり。








# by okira935 | 2019-04-29 21:04 | 食べある記 | Comments(7)

グリーンブック

4月は文化度が高く(?)映画まで観に行ってしまった。
これより前に劇場(映画館)に行ったのはいつだったか??
思い出せないくらいに久しぶりだったけど、
やはり大スクリーンはいい!

観たのはこちら。

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3月からの封切りなので、いささか出遅れ感はあるが
個人的にはすごく良かった!お勧めです。
内容はそれぞれ検索してください。
(歌舞伎記事に力を入れ過ぎたので疲れた・・)

中味チラ見せ。

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ひとつ、タイトルのグリーンブックというのは
1936年から1966年まで刊行されていた
黒人専用の旅行用ガイドブックのことで
黒人が泊まれるホテル、行く事が出来るレストランなどが記載されている。
逆に言うとそれ以外はNGということ。

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主人公の一人、天才黒人ピアニスト(ドクター・シャーリー)のすばらしい演奏は
白人上流社会の人々に拍手を持って迎えられるが、所詮彼らは上から目線。
黒人待遇ゆえの心痛むシーンも多々あるが、
彼の演奏ツアーに伴うために運転手兼用心棒に雇われた
イタリア野郎トニーの粗野だが陽気な態度に笑わされます。

イタリア野郎役のヴィゴ・モーテンセン、
いいオトコなのだがこの役のために20キロ近く増量したそう。
役者ってほんとにすごいな (~_~;)

二人がツアーに行くための車が素敵なターコイズブルーのキャデラック。
我々世代がその昔憧れた、まさにアメリカの富を象徴する車です。

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書き出すとキリがないので
興味のある方、観たい方はぜひ劇場で、もしくはしばらく待ってツタヤで。

せっかくなので付記。
久しぶり過ぎてびっくりしたこと。
行ったのはスクリーンが9つもある近隣の大型(複合)シネマビル。
以前はいくつかの窓口で対人受付していたおねえさんたちがいない。
代わりにあったのはタッチパネルの券売機。

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今回は急に決めたのでネット予約もせずに
窓口でチケット買えばいいやと来たが、ここまで無人化が進んでいたのか?
でも、もし、
私がそういうのを使えない映画好き老婦人だったらどうするよ!?
(ポップコーンや飲み物のブースはさすがに対人販売でしたが)


当日、早めのランチ・850円。
映画の入場券を提示すると飲み物(コーヒーなど)が無料サービス。

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まぁまぁというか、満足の半日だった。
(with夫)







# by okira935 | 2019-04-21 19:19 | 旅のいろいろ | Comments(0)

四月大歌舞伎 3

平成最後の四月大歌舞伎、昼の部は演目が多い。

坂田藤十郎米寿記念
寿栄藤末廣(さかえことほぐふじのすえひろ)鶴亀

タイトルを見てもわかる通りのおめでたい尽くし。
米寿を迎えた当代坂田藤十郎が
長寿の象徴である鶴と亀に扮した廷臣と従者を従えてのお出まし。
華やかなお祝い舞踊、幸せな親子共演。

御存鈴ヶ森 (ごぞんじすずがもり) 
四世鶴屋南北作

この演目は有名ではあるが
実はM子さんと私、最近ちょっと病弱ゆえ(??)
ここまでで少し疲れてしまって、帰ろうかという話にもなったのだが
せっかくの菊五郎と吉右衛門だから頑張ろう、と。
結果、頑張った甲斐があった。

御存じというのはお話の筋はみなさんご承知だろうから
ここはひとつ役者の掛け合いと芸を堪能して下さいという意味合いもあるらしい。

白井権八(しらい ごんぱち)・・尾上菊五郎 (実在は平井権八)
幡随院長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ)・・中村吉右衛門

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菊五郎の権八は41年ぶり、
吉右衛門が歌舞伎座で長兵衛を演じるのは平成21年の
歌舞伎座さよなら公演以来だそうだ。

鈴ヶ森とは今の大井(品川のそば)あたり。
昔は仕置き場と呼ばれた南町奉行所管轄の処刑場があったところ。
八百屋お七、このお話の主人公である白井権八もここで処刑されている。
登場人物二人は実在の人物で
権八は因幡の国のお侍の家に生まれたが、
藩のもめ事の時に父の同僚を斬り殺してしまい、
江戸へ逃げてきたところ鈴ヶ森を通りかかる。

夜の真っ暗な鈴ヶ森、死人たちのお化けが出そう、それだけでも怖いのに
怪しい雲助たちがたむろして獲物(旅人)を狙っている。
そこにやってきた権八は雲助たちにとっては格好の餌食。
その上、先ほど身ぐるみ剥がされた飛脚の持っていた手紙、
つまり手配書の人物がまさにここにいる権八だとわかった。
しめしめ、これで褒美の金もがっぽりだ、それ、やっちまえ~、

と思いきや
この若者はえらく強かった。
まだ元服前の前髪の美少年だが、やたらに腕が立つ。
やられるどころか雲助たちをばったばったと斬り倒してしまった!
(史実では数えで18歳だったようです)

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今回の菊五郎の衣装はこの絵の通り鮮やかな色の着物だったが
解説の方の話では役者さんによって着物の色が違うとか?
調べてみると黒の着物の場合もある。
一枚目、権八の足首にご注目。
赤(紅葉色)の股引は若いお侍しか身に付けないものだそうな。
(股引=ももひき、パッチのこと)

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話戻って、権八と雲助たちとの立ち回りは、
優雅な動きとやられた時の滑稽さを楽しむので、
全員斬り殺されたという悲惨さはありません。
時代劇の激しい立ち回りとは違って、のんびりゆったりした感じ。

さて、一台の駕籠に気が付く権八。
刀の刃こぼれを確かめるために駕籠の提灯に寄って行くと、中に人が。
そこにいたのは一部始終を見ていたらしい幡随院長兵衛だった!

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幡随院長兵衛とは江戸から中国筋までその名を知られた侠客。
侠客(きょうかく)=強きを挫き弱きを助ける、任侠を建前とした渡世人のこと。
(と言ってもヤクザではなく彼は今でいう人材派遣業の親玉だったようです)
早々に立ち去ろうとする権八、そこに長兵衛が声をかける。

お若えの、お待ちなせえやし

これ有名なセリフ。
長兵衛は江戸に来たらぜひ自分のところへ来るがいい、と。
あなたがあの有名な長兵衛さんですか!とか言われた後に
長兵衛役をやった歌舞伎界のお歴々の名前を出して謙遜する
ファンサービスは、これはお約束の口上のようだ。

長兵衛は捨てられていた手紙の切れはしから
彼がお尋ね者であることを知るが見て見ぬふりをする。
さすがその道のドン、太っ腹!
結果的にその後権八は吉原の遊女、小紫と恋仲になり
遊郭に通うおカネ欲しさに辻斬りを繰り返したあげく、
その罪状で捕まって鈴ヶ森で磔獄門に処せられた。
(この時まだ23~24歳)

この舞台で、もうひとつの有名な台詞は
雉も鳴かずば撃たれまい

この場合は、雲助どもがわざわざ襲ってこなければ
斬り合いになって全員死なずに済んだものを、、
という意味で権八が言ったように私は記憶していますが、
まぁこれはいろいろなバージョンで使われる言葉かと思います。

余談ながら
お若えの・・といわれた菊五郎さん(音羽屋)今現在76歳。
お孫ちゃんの寺嶋眞秀くんが夜の部に出ている。
見たかった~。


・・長くなりました。
今回も楽しかった。
観るのも調べるのも大好き~~♪((´∀`))!








# by okira935 | 2019-04-19 20:09 | 旅のいろいろ | Comments(0)

四月大歌舞伎 2

今回も申込日の開始時間と同時にM子さんが頑張ってくれたので
花道のすぐ横の席に座る事ができた、ラッキー。

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新版歌祭文
(しんぱんうたざいもん)
  座摩社・野崎村 二幕
 
有名なお染久松心中話だが、前段の場面である「座摩社」の上演は
約40年ぶりとのことです。
この場面はかなり滑稽味があるのでお話としては暗くない。
良く演じられているのは二幕目の「野崎村」
終わり方としてはいいような(ホッとしたような)
悪いような・・(悲しくて)

お染は大阪の大店油屋のひとり娘、久松はその店の丁稚。
その二人が恋仲になるものの、身分違いの恋がこの世で成就することはかなわず
結局心中してしまうという痛ましい事件は実際にあった出来事で、
江戸前期、宝永7年(1710)1月6日のこと。
当時この事件をもとにして、その月のうちには早速に歌舞伎化され、
歌祭文となって多く流布されたが、1780年の「新版歌祭文」が
今日まで長く残って演じられている原本のようです。

歌祭文=近世俗曲のひとつ
死刑・情死などの事件やその時々の風俗をつづった文句を
角付け芸人が三味線などの伴奏で歌って歩いた。
(コトバンクから)

よくわからないけど
こんな感じのものが庶民の娯楽の一つだったのでは?
言わばお昼のワイドショーネタか。

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さて、お染ちゃんは16歳。
数えで言ったら実際は15歳かも。
舞台や映画にもなっているので写真をいろいろ検索してみたのだが
どれも妖艶すぎてピンと来ない。
中で文楽人形のこれが一番私のイメージ通りだったので画像をお借りします。
まだいくらか幼げで可愛い。

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まぁ言って見れば恋に恋するお年ごろ。
大店のお嬢さまゆえ世間知らずで一途なお染ちゃん、
若くてハンサムな久松くんと相思相愛になるのも無理はない。
久松くんは油屋で丁稚奉公する身だが、本当は武士の息子。
わけあって野崎村の農家の養子になっているものの
もともとの出自のせいか、お嬢さんと使用人という意識が薄かったか?
商売人としてもどことなく世間離れしている風。
(と私が勝手に思っただけですが)
とは言うものの、
お染ちゃんのお腹には5カ月になる久松くんの子が(*_*;!!・・

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話が前後するが、一幕目の座摩社では
油屋の手代、小助の悪だくみで久松が商い先から集金した
一年分のお店の売り上げを騙しとられてしまう。
(手代と言うのは番頭と丁稚の間の身分である使用人)
お染にはかねてから求婚者に山家屋というのがいて
小助はお金持ちの山家屋に調子よくおもねるばかりか、
あわよくば油屋を自分の意のままにしようとしているので
お染と懇ろな久松を罠をかけて陥れようとするズル賢い人物。

二幕野崎村
お店のお金を盗んだと疑いをかけられた久松は養子先の野崎村、
久作(養父)の家に帰されてしまう。
久作はこの際だから娘のお光と祝言をあげてここで暮らせと。
喜ぶお光、戸惑う久松。
お光は久作の妻の連れ子で久松とは立場上は兄妹だが血縁はなく
そもそも二人はいいなずけでありお光は久松にホの字。
(惚れているという意味です、今は死語か?)

お光ちゃんはとても気立てのいい娘で
病気のお母さんを一生懸命お世話しながら久作と仲良く暮らしている。
そこに待ち望んでいた久松が帰って来て、
すぐにでも祝言をせよといわれたのでもう大喜び。
いそいそと支度をはじめるお光ちゃん、可愛い♬

他にもいろいろ出来事があるのだがそこは省略して・・
しかしなんと、
お染が久松会いたさにはるばる野崎村まで来てしまった!
対応したお光ちゃんは賢い娘なので
一瞬にして二人のただならぬ仲を見破った。(はず)
しかもこんな鄙びた村で髪も衣装もかんざしも最新の江戸しつらえ、
自分とは全くかけ離れた美しさのお染を見て大いに動揺するお光。

お染の人形写真をもう一枚。

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途中の話は再び割愛しますが
お染と久松のやり取りを陰ながら聞いていたお光ちゃんは
自分が身を引く覚悟を決める。
うれしい時間はたった半時の間だった、涙・・( ;∀;)
(半時=約1時間)

やがて父の勧めのままに婚礼の綿帽子を被って出て来たお光。
しかし帽子を取ると
その下は尼になる覚悟で髪を切った姿だった!
「二人(お染・久松)はすでに死ぬ覚悟、
ここで自分が婚礼をあげたらほんとうに二人は死んでしまう、
ならばいっそ私が諦めます」
そう思い自分の気持ちを抑える必死のお光っちゃん、哀れ。

ちょっと待て、はやまるな。
病気のおっかさんはどうする、そこまでしなくていいじゃない、
と観ているおばちゃんは心で叫べど声は空しく響くのみ。
(ま、叫んだところで、どうしようもないんだけど)

割愛しっぱなしだが
この幕は最後二人は別々ながら大阪に帰ってゆくので
ちょっとは安心するのだけど
史実としては結局死んでしまうことになる。

久作の貧しい家の前に一本の早咲きの梅。
その梅の枝を折って久作は油屋への挨拶の手土産にしようとしていたのだが
その前にバタバタと事が起きすぎた。
結局、蕾のままの梅は若い二人の行く末を暗示するものになってしまった。
勿体なや。

またも余談だが
昔はインフルエンザのことを「お染風邪」と言っていたそうで
風邪がうつらないように「久松、留守」という張り紙を家先にしたそうだ。
(と、解説の方が言ってました)
心中話は他にもいろいろあるが
「お夏清十郎」も今回の芝居で小道具的に使われていて私は興味を持ちました。

調べれば調べるほどキリがない。
芝居と旅行は私にはやはり一粒で三度美味しいグリコなのか。

本日のまとめ

死んで花実の咲くものか


まだ続く。

















# by okira935 | 2019-04-13 21:59 | 旅のいろいろ | Comments(0)